大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 昭和34年(行)10号 判決 1963年4月09日

原告 株式会社長野県水上田魚市場

被告 上田税務署長

訴訟代理人 加藤宏 外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

「被告が昭和三三年四月二日原告の第七期事業年度分法人税につきなした再調査決定中、所得金額一六七万三、一四〇円を超える部分を取消す。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

(請求の原因)

一、原告は長野県上田市大字常入一、七八六番地において魚介類並びに海産物等の卸販売業を営むものであるところ、昭和三一年四月一日より昭和三二年三月三一日までの第七期事業年度(以下本件係争事業年度という。)において三回売出しを行つたが、その売出条件及び費用は、(一)、昭和三一年一月二〇日より同年三月三一日までの売出しについては別表一記載の品目数量の商品を最低六万九、五二〇円(これを一口の金額という。以下同じ。)買受けた者を宮城県松島旅行に招待し、右招待旅行参加者七一名の費用三七万六、七〇五円(一人当り約四、八九二円)、不参加者(売出しには参加したが旅行には参加しなかつた者をいう。以下同じ。)六名の割もどし金二万三、五〇〇円、計四〇万〇、二〇五円、(二)、同年発表より同年三月三一日までの売出しについては同表二記載の品目数量の商品を最低一万〇、五六二円買受けた者を上田城趾花見会に招待し、その費用四万六、一九一円、(三)、同年一一月一日より同年一二月三一日までの売出については同表三記載の品目数量の商品を最低六万八、八一四円買受けた者を静岡県伊豆方面温泉旅行に招待し、右招待旅行参加者六三名の費用三〇万九、五〇七円、(一人当り約四、九一二円)不参加者六名の割もどし金一万八、〇八七円、計三二万七、五九四円であり、原告は右費用合計七七万三、九九〇円(以下本件費用という。)を支出した。そこで原告は右費用を損金として本件係争事業年度の所得金額から控除して申告をしたところ、被告は昭和三二年一一月三〇日右申告に対し、本件費用が旧租税特別措置法(昭和二一年法律第一五号、昭和三一年法律第五四号により改正。以下旧措置法という。)第五条の一二第四項の規定する交際費等に該当するとし、そのうち六九万九、〇六〇円を同条第一項の限度超過額とみてその損金性を否認し、所得金額を二五四万〇、一〇〇円とする更正決定をした。原告は右更正決定に不服であつたので同年一二月二〇日被告に対し再調査の請求をしたところ、被告は昭和三三年四月二日所得金額を二三七万二、二〇〇円とする再調査決定をしたが、本件費用については更正決定と同額が交際費等の限度超過額として所得金額に加えられていた。

二、しかし本件費用は旧措置法第五条の一二にいう交際費等ではない。すなわち、

(1)、本件費用は事業費である。

旧措置法上交際費等は支出の相手方との間に具体的取引と関係なく支払われるものであつて、本件費用のように支出の相手方との間に具体的取引関係があることを要件として支出されたものは同法の規定する交際費等にあたらない。また、旧措置法第五条の一二第一項が交際費等の限度額を定め限度超過額の損金性を認めない趣旨は利益を減少し課税所得を減殺することを防止するためであるから本件費用のように利益をあげ原告の所得金額を増加させる意図で支出されたものは交際費等ではない。

(2)、本件費用は広告宣伝費である。

本件費用の支出目的は本件売出しの対象となつた商品のメーカーとの話合によりこれを宣伝広告し、併せて原告の売上げ、利益を増加するために特にメーカーより商品を低廉に仕入れこれを不特定多数者に売捌くためになされたものであつて、単に原告の得意先に当る特定の小売業者との間の親睦の度を密にするためのものではない。このことは本件売出しの参加者は一定期間内に買受けた商品の代金支払義務を負うこと、右参加者以上にかねて原告と多額の取引をしている他の小売業者であつても本件売出しに参加しない限り本件招待旅行、花見会に参加できないことから明かである。もつとも原告は小売業者相手の卸売業者であるという業務の性格上その相手方が限定されるが、その範囲では不特定多数の小売業者のうちその意思で原告の指定した数量品目の商品を買受けた者は誰でも本件旅行会、花見会に招待したものであつて、本件費用は、商品を購入した者に対し抽せん等の方法により行う招待旅行の費用と同質の広告宣伝費である。

(3)、本件費用中、不参加者に対して支出した分は代金の値引き、割もどしである。すなわち本件費用の支出目的は不参加者に対しその売上代金の一部返済のためになされたものであり、その支出の相手方は前記のとおり不特定多数の者であつて、更に支出方法は原告から不参加者に対してそれらの者に対する商品の売上高におおむね比例して現金を交付したものである。

三、よつて本件係争事業年度における原告の所得金額は再調査決定額二三七万二、二〇〇円から本件費用のうち六九万九、〇六〇円を控除した金一六七万三、一四〇円であるから、被告の再調査決定中右の金額を超える部分の取消を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨の判決を求める。

(請求の原因に対する答弁並びに抗弁)

一、請求原因第一項の事実は全部認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件費用中参加者に要した費用は旧措置法第五条の一二第四項に規定する得意先に対する接待、きよう応、不参加者に支出した費用は同項に規定する得意先に対する贈答その他これに類する行為のために各支出されたものであるから、被告は本件費用のうち同条第一項の限度超過額六九万九、〇六〇円を所得金額に算入したものである。すなわち、

(一)、本件費用の支出目的は原告がとかく売れ行きが遅くなりがちな商品について招待旅行会、花見会という購買者の関心をひくことによつて需要を刺激して販売を促進する一方、旅行、花見という日本人特有の好みに合致した機会をとらえ酒肴をともにしながら得意先との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進展を図ろうとしたものである。このことは、本件招待旅行会、花見会が原告とその得意先との間の当時唯一の親睦の機会であつたこと、本件招待旅行会の場合には七、八万円程度の商品を、花見会の場合は一万円前後の商品を買受ければ参加することができ、いずれもその参加が容易にしてあること、右商品がいずれも保存のできるものであるため原告から資金的に余裕のある得意先に対し勧誘に努めていること、しかも原告の定めた参加要件を充たさなくとも参加している者があることから窺うことができる。

(二)、本件費用の支出の相手方は原告の得意先にあたる特定の小売業者である。すなわち、魚市場を通じて行われる魚介類、海産物等(罎、罐詰類、干物、佃類、練製品を除く。)の卸販売はせりの形式で行うが、せりに参加できる者は登録された小売業者に限られている。そして原告は本件売出しに当つて本件係争事業年度の前後を通じて原告と引き続き取引関係があり原告の販売先元帳にそれぞれ販売先として記載されている一五〇人余りの小売業者に対し、係員に案内状を持参させて本件旅行会、花見会に参加を勧誘している。

(三)、本件費用のうち参加者に対する費用の支出方法は接待、きよう応である。すなわち、原告は得意先から希望をとりまとめて本件招待旅行会、花見会を計画した上、前記方法でその参加を勧誘し、原告から代表取締役その他の役員が右会に出席し得意先と酒肴を共にしている。本件招待旅行会の費用の内訳は旅費、旅館の宿泊飲食代、車中の弁当代、土産品代、見学費等が、花見会の費用の内訳は飲食代がいずれも大部分を占めているが、これらはいずれも接待、きよう応の費用として最も典型的なものである。本件費用のうち不参加者に対する費用の支出方法は不参加者に対し本件旅行会、花見会において遊興、飲食する代りに現金を贈与したものである。

三、本件費用は事業費ではない。すなわち旧措置法第五条の一二の交際費等は支出の相手方との間に具体的取引関係のないことをその要件とはしていない。また、企業がその経営活動を営む過程において必要な費用は企業会計上は損金性を有するが、旧措置法は企業が支出の面で極力冗費を節約し企業の合理化を図るという政策的目的から税務会計上一定限度を超える交際費等の損金性を否認したものであるから、利益増加のための費用であることを理由にその損金算入を主張できないものである。

四、本件費用は広告宣伝費ではない。すなわち広告宣伝費は消費者に対し直接的、間接的に働きかけてその消費意欲を刺激するための費用であるから、その支出の相手方は不特定多数の大衆であるところ、本件費用の支出の相手方は前記のとおり原告の特定した得意先である。また、広告宣伝費には大衆告知のために必ず媒体が存在するが本件の場合それが存在しない。更に本件売出し、接待、きよう応の過程を通じて原告が販売した商品について宣伝広告しようとした様子は見出すことができない。

五、本件費用中不参加者に対する支出は値引き、割もどしではない。すなわち、本件費用の支出目的及び相手方は前記のとおりであるのみならず、不参加者に交付した金額は不参加者の売上高に比例せずその率も一定していない。

(証拠関係)<省略>

理由

一、魚介類並びに海産物等の卸販売業を営む原告が本件係争事業年度において三回売出しを行つたこと、その売出条件及び費用は、(一)昭和三一年一月二〇日より同年三月三一日までの売出しについては別表一記載の品目数量の商品を最低六万九、五二〇円買受けた者を松島旅行に招待し、右招待旅行参加者七一名の費用三七万六、七〇五円(一人当り約四、八九二円)、不参加者六名の割もどし金二万三、五〇〇円、計四〇万〇、二〇五円、(二)、同年二月二四日頃(但し右年月日は証人中村久三郎の証言により成立を認める乙第一二号証によりこれを認める。)より同年三月三一日までの売出しについては同表二記載の品目数量の商品を最低一万〇、五六二円買受けた者を上田城趾花見会に招待し、その費用四万六、一九一円、(三)、同年一一月一日より同年一二月三一日までの売出しについては同表三記載の品目数量の商品を最低六万八、八一四円買受けた者を伊豆方面温泉旅行に招待し、右招待旅行参加者六三名の費用三〇万九、五〇七円(一人当り約四、九一二円)、不参加者六名の割もどし金一万八、〇八七円、計三二万七、五九四円であり、原告が右費用合計七七万三、九九〇円を支出したこと、原告が右費用を損金として本件係争事業年度の所得金額から控除して申告をしたところ、被告が昭和三二年一一月三〇日右申告に対し原告主張のような更正決定をしたこと、原告が同年一二月二〇日被告に対し再調査の請求をしたところ、被告が昭和三三年四月二日原告主張のような再調査の決定をしたことは当事者間に争がない。

二、そこで以下本件費用が旧措置法第五条の一二の交際費等であるか否かについて判断する。先ず本件費用の支出目的につき検討するに、前叙のとおり本件松島旅行に招待されるためには別表一記載の品目数量の商品を最低六万九、五二〇円で、本件伊豆方面旅行の場合は同表三記載の品目数量の商品を最低六万八、八一四円で、本件花見会の場合は同表二記載の品目数量の商品を最低一万〇、五六二円で買上げることを要するものとされていたところ、証人堀内留義、池田静雄の各証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば、右各商品はいずれもかねてから原告とその得意先との間において取引されていた保存食品であるが、得意先である小売業者においては通常一時に大量仕入れることのないものであつたので、原告はこれらの売上げを促進し、比較的短期間内に売りさばくため、右各商品の一部メーカーから仕入価格の値引を受けた上、本件各売出しを行つたことが認められる。しかし一方証人中村久三郎の証言により成立を認める乙第一〇号証、証人中村久三郎、有賀和雄の各証言及び原告代表者本人尋問の結果によれば前記各品目数量の商品の全部を買上げないため買上金額が一口の金額に満たない者が、松島旅行には一一人、伊豆旅行には六人、それぞれ参加していることを認めることができ、右事実に後記認定のとおり本件各旅行に参加した者がいずれも原告の得意先であることを併せ考えれば、得意先との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることもまた本件費用支出の重要な目的の一であつたことを認めることができる。

次に本件費用の支出の相手方が原告の特定の得意先であるか否かについて検討するに、成立に争ない乙第二ないし第四号証、第一一号証、前掲乙第一〇、第一二号証、証人有賀和雄、中村久三郎、池田静雄、堀内留義の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を総合すると、原告は本件各売出しに当つて案内状(チラシ)を松島旅行及び花見会につき二〇〇枚、伊豆旅行につき一五〇枚印刷した上、原告の取引先三〇〇名余のうち本件係争事業年度以前から原告と引き続き比較的大口の取引関係があつた小売業者一五〇名余にこれを配付して本件各売出しに応ずるよう勧誘した結果、右小売業者の一部が本件各売出しに応じたものであることを認めることができ、右認定に反する証人堀内留義の証言並びに原告代表者本人尋問の結果は前掲各証拠と照らし措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。そうだとすると本件費用支出の相手方は原告の得意先である特定の小売業者であることが明かである。

本件費用支出の目的及びその相手方が前叙のとおりであるとすれば、特段の事情の認められない限り、本件費用のうち本件各旅行、花見の参加者に要した費用は旧措置法第五条の一二第四項に規定する得意先に対する接待、きよう応のため支出されたものであり、不参加者に対するいわゆる割もどしは招待旅行に参加しなかつたことの代償としての金員の交付であつて、その費用は同項に規定する得意先に対する接待、きよう応、慰安、贈答「その他これに類する行為」のために支出されたものと認めるのが相当である。

三、そこで次に右の特段の事情の有無について判断するに、(1)原告は本件費用は事業費であると主張し、本件費用の支出の相手方との間に具体的取引関係があることをその理由とするが、旧措置法第五条の一二の交際費等はその支出の相手方との間に具体的取引関係のないことをその要件とはしていない。また原告は、本件費用は利益増加のために要した費用であることをその理由とするが、旧措置法第五条の一二は企業会計上損金性を有する費用のうち、企業の合理化を図るという政策的目的から、一定限度を超える交際費等の損金性を否認したものであるから、利益増加の費用であることを理由にその損金性を主張することはできない。

(2) 原告は本件費用は広告宣伝費であると主張するが、本件費用支出の相手方は先に認定したとおり原告の得意先である特定の小売業者であるから、本件費用は原告において新しく得意先を拡張するための費用ではないし、不特定多数の買受人のなかから抽せんによつて相手方を選んで行う招待旅行の費用とは性質を異にすることが明かである。また、原告は本件各売出しに当り一部商品のメーカーから仕入価格の値引を受けたことは前認定のとおりであるが、本件売出しの対象とされている商品はいずれもかねて原告とその得意先との間において取引されていたものばかりであることも前認定のとおりであるから、本件費用が新しい商品について販路を獲得するための広告宣伝費であるとも認められず、他に本件費用を広告宣伝費であると認めるべき特段の事情は認められない。

(3) 原告は本件費用のうち不参加者に支出した分は代金の値引き、割もどしであると主張し、前掲乙第一〇号証によれば、原告は松島旅行については本件売出しの取引金額が七万二、九〇〇円、七万〇、七一六円、六万八、九六〇円、八万一、一三六円の不参加者に対しいずれも四、五〇〇円を、五万〇、八〇九円の不参加者に対し二、五〇〇円をそれぞれ交付したこと、伊豆旅行については取引金額が七万四、二六〇円、七万二、九九六円、七万三、一七七円の不参加者に対し三、〇〇〇円、七万四、六一三円の不参加者に対し二、〇〇〇円を交付したのであつて不参加者全員に対し旅行に要した一人当りの費用を一律に交付したものではないことを認めることができるが右各交付金額と不参加者の取引金額との比率が一定しているわけではないから、右の事実は右費用を代金の値引き、割もどしと認めるべき特段の事情とはならない。

四、以上の次第であるから被告が本件費用を交際費等に該当するものと認めて所得の計算上旧措置法第五条の一二第一項の限度超過額を所得金額に算入したことは適法である。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 滝川叡一 福永政彦)

(別表一、二、三、省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例